座礁・混獲した鯨類への対処法 
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1 はじめに

 鯨類(クジラ,イルカ)は,単独あるいは群れ全体で海岸に乗り上げることがある。これを座礁と呼んでいる。一般に,ヒゲクジラ類は座礁することが稀で,その場合でも単独がふつうである。これに対し,群れで生活するハクジラ類は,単独のみならず,集団で座礁する場合も多く見られる。このような鯨類の座礁は,地域住民や報道関係者の関心を集めるばかりでなく,座礁しても未だ元気な個体もあることから,人々の同情を集めて感情的な報道に結びつくことも少なくなかった。
 また,わが国は四方を海に囲まれていることから,沿岸に来遊する鯨類は,種類,頭数も一般に比較的多いものと考えられている。現在,これらの鯨種の一部を対象とした捕鯨操業やイルカ漁業がいくつかの地域で行われているが,こうした意図的な捕獲や上述の座礁とは別に,クジラやイルカが沿岸に設置された定置網等の漁具に混獲される頭数も近年,増加する傾向にある。(財)日本鯨類研究所がこれまでに収集した資料によると,鯨種別では,スナメリ,カマイルカ,オウギハクジラ類,イシイルカの座礁例が多く,また混獲例では,カマイルカ,スナメリ,そしてミンククジラの報告が多い。
 平成2年6月28日および平成3年3月28日付け水産庁通達(2−1039,3−1022)に示されているとおり,クジラ,イルカの座礁や混獲に遭遇した場合の処置に対し,水産庁から“生きているものは生かしたまま逃がすよう”指導がなされている。しかし,海の生活に適応した鯨類は,座礁によって海中で受けていた浮力を失ってしまうと,体重による圧迫を肺などの内臓に受けることにより,呼吸も困難となる。さらに,水中で体温を保持するよう適応している鯨類は,陸上では体温調節がうまくできず,急激な体温上昇を引き起こしてしまう。加えて鯨類は,一般に体重が重く,また海岸に乗り上げた個体は,一旦海に戻しても再び陸に乗り上げようとすることも多い。このように,座礁した鯨類の救助は,予想以上に困難である。原因が究明されれば,救助法の手がかりも見い出せる可能性があるが,現在のところ,鯨類の座礁の原因ははっきりしていない。何かに対する恐怖,疾病,寄生虫による聴覚障害,地磁気の変化,海洋構造の変化,個体群の調節等,さまざまな説があるが,そのいずれも推測の域を出ていないのが現状である。
 また,混獲された鯨類の取り扱いについては,わが国では地域によって,その取り扱いがまちまちであり,また生きた個体を逃がす際の措置にあたっては,漁具の損傷,作業のための労力の他,漁業経営にも直接影響が及ぶことから,多くの困難がともなうのが現状である。
 こうした背景のもと,水産庁では平成4年度から“セーブ・ザ・マリンマンマール”事業(小型鯨類等救出事業)をスタートさせ,座礁・混獲鯨類の救出処理等にあたって必要となった経費の一部について助成を行うとともに,全国漁業協同組合連合会が研修会を開いて救出法を紹介したり,啓蒙普及用のポスターや鯨種判定カードの作成・配布を行うことを助成し,座礁・混獲鯨類の救出が実効的に行われるよう努力している。
 鯨類の海岸への座礁については,欧米諸国においてもしばしば起きているが,とくに米国では,そうした状況に遭遇した場合,その動物についてどのような措置をとったらよいか,座礁に遭遇した場合の手引が作成され(例えば,邦訳版『ストランディングフィールドガイド−海の哺乳類』),確立された救助・調査体制のもとで,ある程度統一的な措置がとられている。わが国で起きる鯨類の座礁の中には,この手引にしたがって対処できる場合がかなり含まれていると思われるが,沿岸に設置された定置網等の漁具に混獲された動物への対処については,この漁具がとくに日本で広く普及・設置されていることもあり,先の手引書では扱われていない。したがって,定置網に混獲された鯨類も含めた何等かの救出法に関する手引を作成する必要性が強く指摘されている。“セーブ・ザ・マリンマンマール”事業では,こうした日本特有の状況に鑑み,手引の作成が急務と考え,各地で起きた事例などを参考に,とくに,どのようにしたら定置網に混獲された鯨類を救出することができるか,現在も継続して検討を行っている。
 本冊子は,以上のような経緯のもとに,座礁した鯨類や混獲された鯨類に遭遇した場合の対処法について,わが国の事情も考慮しつつ簡単にまとめたものである。但し,混獲については,定置網の種類や構造がさまざまであり,また定置網が設置されている場所の環境条件もさまざまに異なるため,現段階では画一的な救出法を提示することは困難であるが,これまでに報告された救出例等を参考にして本文の記載を行った。何分成功例がまだわずかしか報告されていないため,内容的には不十分な点が多々あるが,それらについては今後さらに改善していきたいと考えている。そのために,今後それぞれの現場で,座礁・混獲鯨類の救出に成功した事例があれば,その状況のより詳しい報告をお待ちしている。今後の本冊子の改善に向け,最大限利用させていただくつもりである。