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捕鯨に関する決議・宣言
伝統捕鯨に関する長門宣言

 2002年3月21日、伝統的に捕鯨を行なっていた地域の多くの人たちが日本の各地から山口県の長門市に参集しました。小学生から経験豊かな年輩者まで600人の参加者は、日本人の伝統捕鯨に関する技術や組織、文化、宗教、文芸、食文化などについて広く意見を交換し、

 日本人は、約5,000年以上前の縄文時代前期から「寄りクジラ」を食用とし、イルカ漁を行い、弥生時代以降は入江に入ってくるクジラを積極的に捕獲するようになったという、太古にさかのぼる捕鯨の歴史をもち、

 8世紀、奈良時代の国家によって公式に記録された『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』にクジラ料理が記載され、殺生禁止の仏教思想の影響を受けながらも、クジラは魚と同様、食べ続けられたことを想起し、

 16世紀末には突き捕り法が尾張・知多半島師崎で開発され、太地や室戸、九州に伝播し、更に漁法が発展し、「網捕り法」が1675年、太地で開発され、長崎、西日本などに伝播、さらに日本全国に普及し、「クジラ1頭捕れれば七浦うるおう」と言われるほど生活を豊かにし、

 江戸時代には江戸や大阪など大都市では庶民がクジラ料理に親しみ、エネルギー源・蛋白源として山間部でも塩クジラが食されたことを認識し、

 鯨組の漁師たちは、墓を建て、位牌を奉り、クジラの霊を供養し、深く感謝し漁の安全を祈願した踊り、唄、工芸、祭りが今日にも伝わっていることに深く共感し、

 19世紀半ばに鯨油生産を目的として日本近海に進出してきたアメリカ式捕鯨船による資源の減少は日本各地の捕鯨にも影響を及ぼし、1853年に日本に開国を要求して来航したペリーは、捕鯨のために日本領土での薪炭・食料補給地の確保を目的にしていたことを認識し、

 日本の南氷洋捕鯨は地域の伝統捕鯨と西洋捕鯨技術が和合したもので、和魂洋才の典型であることを再認識し、

 敗戦後の食糧難に、連合国軍総司令官D.マッカーサー元帥は食料確保のために1946年、我が国捕鯨船の南氷洋出漁を認め、これに対し衆議院が国会決議をもって謝意を示したことを想起し、

 国際捕鯨委員会が1985年から大型クジラの捕鯨を認めず、南氷洋捕鯨だけでなく、日本の沿岸小型捕鯨業も中断し、地域経済・社会が大きな痛手を被っていることを深く憂慮し、

 クジラ類の保護と持続的利用を実現し、綺麗な海を守り続けることの重要性を認識し、

 持続的捕鯨を復活させて、先人たちが築いた誇るべき捕鯨文化を守り、継承することを決意し、

 2002年3月21日、長い捕鯨の伝統をもつ山口県長門市での「第1回日本伝統捕鯨地域サミット」に集った私たちは、次のように決意します:

 

1. 鯨体の完全利用とその恵みへの感謝を基礎とした我が国の捕鯨の伝統と文化を誇り、これを保存し、発展させます。

2. 鯨油だけを生産しクジラ資源を大量かつ無駄に浪費した欧米型の商業捕鯨は行ないません。

3. クジラ料理を含め、地域で長年つちかわれた伝統的な地場食材の価値を再認識し、その発展と普及、次世代への継承に努めます。

4. 貴重な海の恵みを無駄にすることのないよう、「寄りクジラ」を食用を含め有効利用できる体制の確立を目指します。

5. 持続可能な捕鯨に従事する世界各地の人々に敬意を表し、その人たちの生業権と職業へのプライドが尊重されるべきことをアピールします。

6. 捕鯨を含む、野生生物の食糧資源に依存している各地の人々と連携し、持続的な天然資源利用の確立を目指します。

7. 人類の生活と共に発展してきたクジラの利用の歴史と伝統文化を受け継いだ我が国の沿岸地域における持続可能な捕鯨が開始され、地域経済・社会への貢献と海洋生態系の総合利用が達成されるべきことをアピールします。

8. 若い世代もクジラの保護と持続的利用、受け継いできたクジラの文化伝統を次世代に継承していくために最善を尽くします。

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